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2014年1月16日 (木)

キューバ旅行記その25「トリニダード旅行・トリニダード市街」

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トリニダードの町並み

キューバの人種構成は白人25%黒人25%混血50%だそうです。

黒人を見かけない日本からキューバに行き、多くの黒人をみると、どうしても奴隷制度の歴史を思い起こします。日本人は大変目立つてチーノ(中国人)と呼ばれます。トリニダードは黒人の割合がハバナより多く感じられます。

 

トリニダードは18世紀から19世紀の終わりにかけて、アフリカからの奴隷によるサトウキビ栽培と製糖産業で繁栄した町です。

19世紀末には製糖産業は崩壊し、共に町は衰退しました。繁栄した頃の18世紀の町並みがそのまま残る世界遺産の町です。

トリニダードの近郊インヘニオス・バレー平原は16世紀以来サトウキビ生産の農場地帯です。その地帯には多くのアフリカの黒人が導入されました。

奴隷によるサトウキビ栽培の歴史を残す、ということでインヘニオス・バレーはトリニダードの市街地とともに世界遺産になっています。

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トリニダードは時代が止まったかような町

 

 

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18世紀から続く町並みには独特の雰囲気があります。

家の窓は鉄格子で覆われています。防犯のためですが、厳重で固く外部世界を拒絶しているかのようです

 

トリニダードの歴史は奴隷制度と切り離すことができません。

 

ユネスコがこの町を世界遺産に指定したのは大変意味があります。奴隷制度は簡単にいえば強い者が弱い者を抑圧したということでしょう。

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何か抑圧感、停滞感をうけます。

道路は石をしきつめてあり。でこぼこで歩きにくい。

 

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ロバに乗って写真撮影のモデルをしている人。正面から撮影するなら有料です。

 

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トリニダード市立博物館カンテーロの家

 

 当時大富豪であったサトウキビ農場主カンテーロの家。1827年というから、186年前の建物。ここは奴隷の犠牲と策略によって財をなしたカンテーロの豪邸です。ヨーロッパから建材や家具をとり寄せ、贅のかぎりをつくした大邸宅です。

 

 

 当時のルールは単純です。弱肉強食の世界です。自然まかせということでしょう。

 

 

 現在歴史博物館になっていて観光客が溢れています。

 

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このカンテーロの家には警戒のためか展望塔があります(混雑時には通路が狭くここに上がるには難しい)。

 

 

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展望塔からのトリニダードは素晴らしい風景です。カリブ海が見渡せます。

 カリブ海といえば海賊が連想されます。かつて町は海岸沿いであり、たびたび海賊の襲撃を受け、海賊からの防衛のため山際に移ってきたとのことです。

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世界遺産の登録でトリニダードは観光客の溢れる町になりました。

 

 

 

 

 

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